【アニメ】『宇宙よりも遠い場所』
アマゾンプライムで何となく見てみたら大ハマりしてしまった。『長崎蒸男アニメオールタイムベスト』を塗り替えるほどのおもしろさ。これはブログで取り上げざるを得ない。と、いうわけで書く。
(以下、ネタバレを含む。)
『宇宙よりも遠い場所』
略称「よりもい」。
なるほど、タイトルからひらがなだけを抽出したのね。かわいいんだから、もう。
全13話。1話は約20分の合計4時間20分。絶妙な長さである。これより長くても短くても、作品の質は落ちていただろう。
2018年1月2日放送開始なので、ちょうど1年前の作品となる。
あらすじ
女子高生が南極に行く話。
これだけで十分だろう。「女子高生」と「南極」。これほどワクワクする組み合わせはそうそうない。なんとキャッチーでウィットでセンセーショナルなフレーズだろうか。
見どころ
よどんだ水が流れ出していく疾走感
『よどんだ水が溜まっている。それが一気に流れていくのが好きだった。決壊し、解放され、走り出す。よどみの中で蓄えた力が爆発して、すべてが動き出す。』
冒頭に流れる主人公「玉木マリ」のモノローグであり、「よりもい」に一貫して流れるテーマでもある。
主人公は4人の女子高生。「失敗が怖くて何も始められないこと」や「生まれてこの方友達がひとりもいないこと」など、それぞれがそれぞれによどんだ水を溜めている。「南極へ行く」と決めてからよどんだ水は一気に流れ出し、彼女らを「宇宙よりも遠い場所」へ押し流していく。
彼女たちはよく走る。よく走って、よく叫ぶ。よく叫んで、よく笑う。汗をかき、恥をかき、陸海空ありとあらゆる乗り物に乗って、日本を、世界を駆け巡る。1年間の出来事がたったの13話、わずか4時間20分中に詰め込まれている。
その疾走感がたまらない。
それは僕たちだって見たことのある、目まぐるしく流れ去っていった若かりし頃のあの風景だ。人生の限られた時期だけにしか出すことのできないスピードを、彼女らを通して再び体感することができる。
「ざまあみろ」という祈り。
主人公の一人「小淵沢報瀬」は、南極観測隊員である母を南極で亡くしている。彼女の目標はただ一つ「母の眠る南極へ行くこと」。
周囲に馬鹿にされ、後ろ指をさされ、孤立し、それでも必死で金を貯め、策略を巡らし、南極を目指す。
ほか3人の主人公を巻き込んで南極にたどり着くその力の源は、周囲に対する怒りや憎しみだ。「南極なんて行けるわけない」と鼻で笑ったすべての人間に「ざまあみろ」と言ってやるのだ。
それを「不純だ」と言う人もいる。道徳的にはその通りだろう。
けれど、正しいだけじゃ成し遂げられないことがある。汚いものも醜いものも、全部飲み込んで力にしなければたどり着けない場所が世の中にはきっとある。
「ざまあみろ」という言葉がそれを可能にしてくれる。
怒り。憎しみ。嫉み。妬み。ありとあらゆる負の感情を、前に進む力に変えてくれる魔法の言葉だ。それは祈りの力にも似ている。
「許さない」という救い。
主人公の一人「三宅日向」は、厳密に言えば女子高生ではない。高校を中退し、コンビニでバイトしながら大学進学を目指している。
「背は小さいけど、心はでっかい日向ちゃん」
まん丸な目も可愛いし、声も可愛い。彼女のねんどろいどが本気で欲しい。
着ている変なTシャツすら可愛らしい日向ちゃんは、友人たちの裏切りによって高校を辞めている。時を経て、南極にたどり着いた彼女の前に元友人たちが現れる。「友達が南極に行ったことが誇らしいのだ」と友達面してのたまうのだ。
元友人を許せない自分を、彼女は「心が狭い」「負け犬で申し訳ない」と嘆くのだけど、果たしてそれは責められるべきことだろうか?
許しを求めて足元にすがりついてくる裏切り者から逃れる方法はふたつある。
ひとつは許すこと。そうすれば、裏切り者は喜んで手を離し、清々しい顔で去っていくだろう。「人を許せることは強さの証だ」と周囲は賞賛するだろう。裏切られた人間の感情だけを置き去りにして。
許して前に進めるのであればそれに越したことはない。
けれど、感情がそれを許さないのであればどうすればいいのだろうか?
「あなたを許さない」と、足元にすがりつく手を振り払えばいい。それがもうひとつの方法だ。
「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」と偉い人は言うけれど、「だれかが右の頬を打ってきたら、相手の左頬に渾身の右ストレートを打ち込まなければならない場面」が一生に一度は訪れる。
「許さない」と選択肢だけが救いとなる日が必ずある。
彼女が「許さない」と決めた時、砕氷船が流氷を砕くよりも大きなカタルシスを得られるだろう。
「よりもい」が見せてくれるもの。
青春ってやつはことがあるごとに美化されているが、ほとんどが醜さで出来ている。汚泥100%といっても過言ではない。つまりが「よどんだ水」なのだ。
溜まれば溜まるほど、よどめばよどむほど、それはとんでもない力を発揮する。けれど、コントロールするのがどれだけ大変なことか。
「暴走して黒歴史を作り出した」という人もいるだろう。
「もうちょっと溜めておけば、もう少し先へ行けた」という人もいるだろう。
「ちまちまと上手に発散して、結局どこへもたどり着けなかった」という人もいるだろう。
世の中、そういう人たちばかりだろう。満足のいく青春を過ごせた人なんて、きっとほんの一握りだ。
そんな僕たちが、もしよどんだ水を乗りこなしていたら、いったいどこにたどり着いていたのだろう?
「よりもい」はそれを見せてくれる。
よどんだ水を乗りこなし、南極へとたどり着いた彼女たちの向こう側に、僕たちは、たどり着けていたかもしれない僕たちの「宇宙よりも遠い場所」、その幻を見るのだ。
終わりに。
よどんだ水が枯れた時、それがきっと青春の終わりだ。
爆発的なエネルギーと引き換えに僕たちは欲しいと願ってやまなかった心の安定を手に入れた。
悩みあがいて苦しみ抜いた青春の日々。いまとなっては絶対に戻りたくない。
けれども、そのど真ん中にいる彼女らを見ていると、ほんの少しだけど羨ましい。