盲腸になったときに読む記事
年末、仕事納めで一息ついていた時のこと。いつも騒がしい妻から、更に騒がしく 「義理の弟が盲腸で入院した」という一報が入った。
懐かしい響きである。何を隠そう、蒸男も3ケ月前に経験したばかりなのである。眼を瞑れば、あの日々の記憶が走馬燈のようによみがえってくる。
それにしても、近しい間柄で、それも成人男性が立て続けに盲腸にかかるとは、何かの呪い縁としか思えない。
と言うわけで、良い機会なので、義弟に伝えたいことをまとめる意味でも、盲腸になったときに欲しいと思われるであろう情報をまとめたいと思う。
盲腸って何?
そもそも、盲腸とはなにものであろうか?
以下、蒸男の独断と偏見による説明である。
<盲腸とは?>
大腸と小腸の付け根の部分、位置的にはちんちんの右上くらいにある器官。正式名称は「虫垂(ちゅうすい)」であり、俗に言う「盲腸」とはこの虫垂が炎症を起こす「急性虫垂炎」を指す。胃の出口をスタートとし、肛門をゴールとする「腸の大迷宮」唯一の行き止まりがこの虫垂である。長年、へそ氏とともに「人体の不要箇所ツートップ」を張ってきたが、最近になり「どうやら腸内環境をよくするのに役立っているらしいぞ」と言うことが判明。でも「あったらいいけど、なくてもいいよね」的な器官であることに変わりはなく、今日も全国の病院で切り取られ続けている。「盲腸で手術したんですよー」と言うと「テラワロス」と返されるが、「急性虫垂炎で手術したんですよー」と言えば「なんだってー! それは大変でしたね!」と手術の苦労に見合うリアクションが返ってくるので、おすすめ。
なんとわかりやすい説明であろうか。誰かwikipediaに載せていいよ。
治療スケジュール
盲腸はゴキブリではないので、「うおおおお! 盲腸だ! 手術(ころ)せ!」という風に「発見、即排除」ということにはならない。
よほどひどい炎症ではない限り、「発症→診断→一度目の入院→二度目の入院」の段取りを踏むこととなる。
発症から一度目の入院まで
盲腸の症状、これすなわち「腹痛」である。どの程度の腹痛かというと「眠れないほど痛いけど、我慢できずにのたうち回る程でもない」という何ともいやらしい痛みなのである。盲腸を考えた人は絶対に性格が悪い。ちなみに「ロキソニンを飲めば一晩は眠れる」程度の痛みでもある。
なので「痛みに強いマン」や「我慢が趣味マン」が盲腸にかかると、炎症が進んで緊急手術(術後の経過がすごく悪い)になりかねないので、上記のような腹痛を感じたらすぐに病院に行こう。
まずは町のお医者さんへ
まずはかかりつけのお医者さん(いわゆる町のお医者さん)に相談だ。大学病院や総合病院は紹介状がなければ門前払いを受けるか、診療費に5000円以上の上乗せ料金がかかる可能性が高い。京都の小料理屋みたいなもので一見さんはお断りなのである。
町のお医者さんでは血液検査と触診をされる。受付時と待合時に苦しみ5割増しの顔をしても心配はされるが順番が早まることはないので、痛みのレベルに見合った素直な表情でいよう。
白血球の数やらお腹を触った感じで、お医者さんには盲腸であることはすぐにバレる。大学病院あるいは総合病院への紹介状を書いてくれるので、すぐさま向かおう。
蒸男のように「仕事があるから明日でいいっすか?」なんて言おうものなら「仕事と命とどっちが大事なんだ!」とマジの怒りを買うので、素直に従おう。
次に総合病院(あるいは大学病院)へ
蒸男の場合は、最寄りの総合病院を紹介された。紹介状を手に入れているので「これはVIP待遇だろうな」と期待したがそんなことはなく、普通に待たされるので注意が必要だ。
再度の血液検査とCTスキャンを終え、妻にも見せたことがない輪切りの自分の身体を見せられる。主治医に「ここが盲腸。ね、炎症起こしているでしょ?」と言われ「わかりません」と答えると「これだから素人は」という顔をされる。
その後、当たり前のように入院が決定し、手続きに入る。蒸男のように「仕事があるから明日でいいっすか?」なんて言おうものなら「放っといたら入院長引くよ。最悪、腸閉塞で死ぬよ」と「こいつ、脳みそまで炎症を起こしてやがる」的な目で見られるので素直に従おう。
一度目の入院――俗に言う「散らす」治療
盲腸の入院は二度ある。
一度目の入院は虫垂の炎症を抑えるための治療――俗に言う「散らす」治療だ。具体的には「絶食」をし、点滴で抗生物質を体内に直接ぶち込み、虫垂の炎症を抑える。「絶食」を3~4日行った後、徐々に「重湯」「おかゆ」とレベルアップしていき、一度目の治療は1週間程度で終了する。
この段階で治療を終える人も多いとのこと。なお、盲腸の再発率は3割程度らしい。これを高いとみるか低いとみるかは、各人の考え方によるだろう。
二度目の入院――腹腔鏡による手術
二度目の入院は一度目の入院から最低2週間は間隔をあける必要がある。理由は忘れた。ただ「一度目の入院で炎症を抑えることによって手術後の経過がかなり良くなる」らしいということだけは覚えている。
二度目の入院は根治治療――すなわち手術のための入院である。多くの場合は腹腔鏡手術という、切る箇所の極力少ない、体への負担が最小限となる方法で行われる。
手術の前日から入院し、手術の当日のみ「絶食」。手術当日以外は普通に食事ができ、4~5日で退院できる。
入院生活について
一度目の入院生活
盲腸の痛みは抗生物質の点滴によりすぐに治る。雑魚と言って差し支えない。とにかく「空腹」と「暇」との戦いである。
空腹について
空腹と言っても、お腹が空いてたまらないということではない。抗生物質の点滴と同時に栄養剤も点滴されるため、身体は飢えないし、ひもじい思いもしない。
とにかく噛みたい。食べ物を口に入れたい。味を噛み締めたい。そして飲み込みたい。この欲求が、食べ物を見るたびに強く湧き上がってくるのだ。
病院に隔離されているとはいえ、テレビもある、ラジオもある、車もそれほど走ってる。ネットもできるし、雑誌も差し入れでもらうだろう。そこに食べ物の情報は必ずある。エンカウント率激高の上めちゃくちゃ強い、ラストダンジョンのモンスターみたいな存在だ。
効果的な対処法は、ない。潔く諦めよう。
暇について
蒸男はフリーランスであり「働かない=死」であるため、病院に許可を頂き1日4時間ほど仕事のために外出していた。(その結果、安静にしない不届き者として看護師さん達にしっかり覚えられた。) それでも暇であったのだから、フリーランスでない方の暇さは推して知るべしである。
対処法はテレビ、本、ネットの3つである。特に欲しいのはギガである。ぶっちゃけ、テレビと本がなくても、ネットさえあればどうとでも暇が潰せるのだ。なので、お見舞いの品はギガが良い。
具体的には、通信料分の現金を贈ると良い。これに勝る喜びはないと断言できる。間違っても果物なんか贈らないように。(食べ物の恨みは一生覚えられる)
二度目の入院生活
手術の痛み、そして尿道カテーテルとの戦いである。詳細は過去記事を参照していただければと思う。我ながら、臨場感溢れる記事ばかりである。
術後の生活について
盲腸の場合、術後4〜5日で退院できるため忘れられがちであるが、本人は腹を切っているのである。江戸時代で言うところの切腹、つまり死刑に相当する。退院したとはいえ、身体にはかなりのダメージが残っているのだ。
このダメージは当の本人の自覚、想像以上である。絶対安静が必要である。少なくともひと月は、怠け者になったつもりで怠惰な生活を送るべきだ。
そうでないと、こんな目に合う。
安静にしなかったので前立腺炎に
蒸男の場合、退院翌日からフルタイムで仕事をし、入院生活の反動で土日も遊びに出かけていたら、退院から2週間後、39度の高熱とともに前立腺炎になった。
前立腺炎とは、簡単に言えば「おしっこが出にくくなる病気」だ。
泌尿器科に行って薬を処方してもらえば2、3日で治るが、そもそも泌尿器科に行くこと自体が恥ずかしい。「僕はおちんちんの病気です」と宣言しているようなもんだ。なにより、おしっこが出ないというのはものすごく苦しいのである。残尿感どころの話ではなく、尿意があるのに出せない。出したくてたまらないのに出せない。これが終日続くのである。これは尿道カテーテルを抜く痛みに次ぐ苦しさであった。
こんな目に遭いたくなければ「動かざること山のごとし」の精神で、全力で怠けるべきである。忘れてはいけない。あなたは切腹しているのだ。武士であれば死んでいるのだ。
費用と保険金について
費用について
さて、入院・手術にあたって最も気になるのが「いくら払えばいいのか?」ということだろう。「気になって気になって夜も眠れない」という気持ちはとてもよくわかる。
しかし、これについてはたいして心配する必要はない。
なぜなら、この日本には「高額療養費制度」という「どれだけ入院しようが手術をしようが、健康保険証さえ持っていれば、一か月あたりたったこれだけを支払えばいいんですよ」という詐欺のような制度があるからだ。
詳しく説明しようと協会けんぽのホームページを見てきたが、「わかっている人でも読めば読むほどわからなくなる」というお役所仕事全開のホームページだったため、独断と偏見で3行にまとめてみた。
1.普通の稼ぎの人であれば、月を跨いで入院しない限り8~9万円支払えばよい。
2.個室代、朝昼晩の食事代、シーツや院内着のレンタル代は別で支払わないといけないが、個室台を除けば、盲腸での入院であれば1万円もしない。
3.入院で月を跨いだとしても、盲腸であれば1回の入院で11~12万円を見ておけば大丈夫だと思うよ。
というわけで「個室で王様のような入院生活を送りたいな」という「お金どぶに捨て虫」でない限り、1度の入院でかかる費用は10万円行くか行かないかであろう。
なので、盲腸の治療にかかる費用は、「初診から一度目の散らすための入院で10万円」「二度目の手術のための入院で10万円」の計20万円を想定しておけば大きく外れることはないだろう。
保険金が降りた結果の負担額は?
常識的な社会人であり、「ギリギリでいつも生きていたいから」という人でない限り、医療保険のひとつやふたつ当たり前に入っていることだろう。せっかく盲腸になったのだから、ここで月々の保険料を回収しない手はない。大手を振って保険会社に請求をかけよう。
それにしても、実際のところ、盲腸による入院でどのくらいの保険料が降りてくるのであろうか。これは「保険の契約内容による」としか言いようがないが、次のような契約内容になっていることが一般的だろう。
通院:1回あたり3000円
入院:1日あたり5000円
手術:盲腸であれば入院日額の10~20倍(つまり5~10万円)
この契約内容を基に計算する。
一度目の「散らすための入院」であれば、一週間の入院と仮定して、保険から降りるのは3万5000円である。散らすだけの治療で終われば6万5000円の赤字となる。
しかし、二度目の「手術のための入院」となると、5日間の入院と手術給付金が入院日額の20倍と仮定して、2万5000円と10万円の計12万5000円が保険会社より支払われることになる。よって、二度目の入院では2万5000円の黒字であり、一度目の入院と合算すると4万円の赤字となる。
このほか、保険会社に提出する診断書作成代が5000円~1万円かかる。
よって、一般的な医療保険にひとつ入っているのであれば、盲腸を完治させるためには最終的に4万5000円~5万円の赤字、つまり自己負担と言うことになる。
盲腸の手術で黒字を出したいのであれば、上記契約内容の保険をふたつ契約するか、上記契約内容の2倍の給付内容の保険にする必要があるだろう。
ちなみに蒸男は、仕事の付き合いで上記契約内容の2つの医療保険に入っており、フリーランスということで妻が更にもう1つ手厚い内容の医療保険をかけておいてくれたので、約33万円の黒字となった。腹を切った甲斐があるってもんである。
盲腸を切って人生はどう変わったか?
入院している人の気持ちが分かるようになった。健康のありがたみが身にしみてわかるようになった。食生活に気を付けるようになった。家族のありがたみが分かるようになった。
そんなわけはない。
たかが盲腸程度の入院で、本当に辛い病気で入院されている方の気持ちがわかるかわけがない。健康のありがたみなんてそもそも身に染みてわかっている。お菓子は毎日食べちゃうし、今年の年賀状の第一面は入院中の蒸男の悲惨な写真である。挙句、こちらのサイトで蒸男の入院中のCMが作られる始末だ。
mov.20th-meijiyasuda-kazumasaoda.jp
辛かったあの日々も、振り返ってみれば良い思い出――なんてことはひとつもない。
盲腸になって失ったのは盲腸だけであり、盲腸で得たものは33万円のハラキリマネーだけである。
盲腸を切り取っても、人間、大して変わらない。
盲腸があろうとなかろうと、つつがなく人生は続いていくのだから。